国鉄倉吉線廃線跡探訪
倉吉(鳥取県倉吉市)〜山守(鳥取県倉吉市(旧・関金町)) 20.0km
※関金町は2005年3月22日付で倉吉市に合併しました


国鉄倉吉線の概要
国鉄倉吉線は1912年に倉吉軽便線として開通し、当初は上井(現・倉吉)から岡山の姫新線中国勝山までを結ぶ予定で計画が進んでいましたが、国鉄再建でこの計画はあえなく中止となり、結局、倉吉市の隣町である旧・関金町(現在は倉吉市に合併)までの全長20.0キロを結ぶ盲腸線として、1958年に倉吉〜山守間が全通しました。

しかし、やはり盲腸線では客が乗らず多額の赤字を抱えてしまい、国鉄再建法による第一次特定地方交通線の最終廃止候補40路線の中に名前が挙がり、1985年4月1日、全国の多くの不採算路線と共に全線が廃止となりました。

※ 早朝5:30〜7:00にかけて撮影したため、朝日や逆光で一部見辛い画像があります。

ショートカット 1 / / /

倉吉駅
Kurayoshi Sta. (0.0km)


現在のJR山陰本線倉吉駅は上井駅が改称されたもので、以前は市内中心部の打吹駅が倉吉の名前を語っていました。

倉吉駅の1番線には倉吉線のホームだったと思しき遺構(単なる貨物側線かも…)が残っていますが、そこから先はバスターミナルとして整備され、ここから関金方面へ向かう廃止代替バスのほか、大阪や福岡、広島へと向かう高速バスも運行されています。



← 倉吉を発車するキハ126系 (山陰本線)
倉吉市 上井町一丁目

倉吉駅を出てすぐ、倉吉線は山陰本線から外れて大きく右にカーブし、県道と交差します。

写真左奥に見える尖った建物は倉吉駅隣に立つビジネスホテル。敷地の裏側には廃線跡らしき空地が続き、私道として一部は整備されています。
倉吉市 山根

県道と交差したあとは、廃線跡は砂利道として整備されることも無くきれいに残っています。
山陰本線に対し大きくUターンした廃線跡は倉吉体育文化会館の裏を通り、駅前通りを横切ります。
倉吉市 伊木

倉吉線はこの先で天神川を渡るため、駅前通りを越えた辺りから築堤が始まります。
途中には用水路を跨ぐコンクリート橋も健在。

画像奥の小さなビルが立ち並ぶ所が駅前通り。手前の茶色い建物は某大手ファミリーレストラン。
来客用駐車場のすぐ裏手を廃線跡が横切ります。
倉吉市 伊木

ここで天神川を渡ります。
現役の頃は立派な鉄橋が架かっていたようですが、現在は撤去され鉄橋手前に土台だけが取り残されています。
近くの踏切跡にはボックスも放置されたまま…

廃線跡は倉吉市中心部へと続きます。
上灘駅
Uwanada Sta. (2.4km)


天神川を渡ってすぐ、倉吉から一つ目の駅、上灘駅跡に到着。

廃線跡は遊歩道に整備され、駅跡には公衆トイレと休憩所が設けられています。
ホームがあったと思しき場所には大きなモニュメントが、道路端には記念碑が立てられていました。

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